Yesterday came suddenly

サイクリングや旅の行き先について考える時、
動画を見ると思う。
僕も見る。
見る、というか聞く。
自転車旅の動画には、ドローンや特別な機材で撮影や編集された、映画のようなクオリティーのものも多いから、「ながら試聴」はもったいないのだけれど、スマホやパソコンの画面を集中して観ることは、僕には難しい。
だから聞く。
英語で話してるサイクリストの動画も見る(聞く)。
英国、ドイツ、フィンランド、スェーデン、オーストラリア、アメリカ、カナダ、その他の国の人たちの動画。
ヨーロッパのサイクリストで動画をYouTubeに投稿する人のほとんどは、母国語ではなく英語で投稿してると思う。
正直、羨ましいと思う。
僕たち日本人だって、
「アニメっぽくてかわいい」とか「Samuraiみたいでかっこいい」って思ってもらえる(かもしれない)世界に誇るべき日本語アクセントで英語を話すことができるはずだけど、英語で動画をあげている日本人サイクリストはまだ知らない。
僕自身は、20代のほとんどをオーストラリア・シドニーで過ごしたし、30歳で帰国してからも、英語が公用語のチームやプロジェクトで働いていた。
それにもかかわらず、とても残念なことに、英語の動画は半分くらいしか意味をつかめないし、映画などは、アクセントや内容によっては30%くらいしか意味が分からない。
なんとも情けないけど。
理由は勉強をしてこなかったから。
野菜や果物、料理、身の回りのも(例えばキッチンにあるもの)、通りの名前はよく知っていたし、食事や買い物に困ることはない。電話での依頼や注文もできる。自分の気持ちや要求を伝えることもできる。もちろん丁寧な言い方で何かをお願いすることだってできる。
だけど、英語の歌の意味は分からないし、そもそも聞き取れない。
ちなみにシドニーやメルボルン(おそらくアメリカやカナダ、英国の大きな街でも同じだと思うけど)には、何十年も住んでるのに、僕より全然、英語を話せない大人はたくさんいる。行政サービスは他言語で提供されるし、例えば運転免許だって、多言語で、受験者の母国語のテキストと試験問題がない場合は州が無料で通訳を手配してくれたりするから。(僕が自動車とオートバイの運転免許をとったオーストラリアNSW州はそうだった。)
それにその国出身者のコミュニティーが必ずあるし、多くの大人の移民には、英語を話せる子供や、家族、親戚がたくさんいるし、そもそも英語を話す機会がなかったりする。
ところで今日書きたかったことは、映画Yesterdayのこと。
吹き替え版と字幕版、両方を観た。(正確には聞いた)。
Yesterday、とても好きになった。映画も、曲も。
曲の意味を知りたくて、Chat GPTとおしゃべりしながら、自分なりに考えたのだけど、もちろん日本語で、どうしても意味が分からないところがあった。
Chat GPTも、そういう解釈もできますよね、とか、その指摘はすごく論理的です、みたいな返事しかしてくれなくて困ってる。
それは何かというと、
Yesterday came suddenly
のところだ。
このフレーズが出てくるまでは、
Yesterday, all may troubles seems so far way
Now it looks as though they're here to stay
Yesterday: 問題がなかった=(状況や気持ちが)すごく良い状態だった
Now: 困りごと、悩みがずっといすわってるみたい
I believe in Yesterday
Yesterdayまでの、またはYesterdayの、自分の状況、環境、気持ちなどをとても肯定的に、強く大切に思ってる
Suddenly I'm not half the man I used to be
Suddenly(Now): かつての自分(いい状態だった頃の)ではなくなった
Yesterday: かつての自分だった(何の不足もない)
There's a shadow hanging over me
影がのしかかっている(辛い状況)は SuddenlyにNowやってきた。
こんな感じでここまでは、
Yesterday: すごく理想的な、何も問題もない、強く取り戻したい、執着の対象、としているのに、
Oh Yesterday came suddenly にきて突然、
Yesterday: 辛く悲しく、切なく、戻りたくても戻ることのできないのもの、
という感じで、これまでとは逆の意味でYesterdayが出てくる。
その後も、
Yesterday love was such and easy game to play
Yesterday: 無邪気で無敵、問題はなにもない
Now I need a place to hide away
Now: Yesterdayとは真逆で、逃げ出したい辛い状況
と続く。
つまり、
Yesterday=幸せ、何も問題ない、明るい
Now=辛い、困りごと、暗い
って歌ってる。
であれば、
Yesterday came suddenlyは、Yesterday has suddenly gone なのではないだろうか。
突然やってきたのは、無邪気で戻りたくても戻れないYesterdayではなく、
逃げ出したくて、その影に押しつぶされそうなNowなのでは?
そう思えてならないのだ。
日本人による翻訳もいくつか見たけど、
Yesterday came suddenlyについて書いている人の意見は見つけることができなかった。
なので勝手に、
Yesterday came suddenly は、The end of yesteday came suddenly
と解釈することにした。
もしYesterday came suddenlyの意味が分かる人がいたら是非教えてほしです。
よろしくお願いします。
では。